日曜日, 9月 28, 2025

第二話 新しい私に、ただいま

 最初はただの、ほんの出来心だった。


拓海と一緒に帰っていたある日、通りすがりの店で見かけたマネキンが、男物のシャツを着てて――

なぜか、心がざわついた。

「私も、こんなふうに着てみたいかも」

口に出したら、拓海はちょっと驚いた顔をしたけど、笑ってた。


それがきっかけだった。


その夜、クローゼットを開けてみた。

タンスの奥にしまってた、昔兄のおさがりでもらったTシャツやジャケットを引っぱり出して、鏡の前でポーズをとってみた。


「……意外と、似合ってる?」


気づいたら、そのままスマホで写真を撮っていた。

シャッター音がやけに大きく響いた。だけど、それよりも胸が高鳴っていた。


気持ちよかった。


女の子として「可愛い」と言われるのは悪くない。

でも、「カッコいい」って、自分が自分でいられる気がした。


そこからは早かった。

ネットで男装メイクの動画を探して、髪型を研究して、服を買いに行って……気づけば、週末はほとんど「男装あかり」として過ごしていた。


不思議なことに、学校の帰り道、拓海と並んで歩くとき――

リボンをはずして、ちょっと襟元を緩めるだけで、背筋がしゃんとするようになった。


「ちょっと借りてみたの」


ある日、拓海のネクタイを借りた。

本当は、もっと見てほしかった。

“カッコいい”って、言ってほしかった。


そして、あの日。

意を決して、拓海を部屋に呼んだ。


「見てほしくてさ」


スラックスに、シャツとベスト。鏡で何度も確認した。

男子でも女子でもない、でも“私”らしい姿。

胸を張って、クローゼットの前に立った。


拓海は、少し驚いて、それから――ちゃんと、見てくれた。


「どう……変じゃない?」


言葉が返ってくるまで、ほんの数秒だったのに、心臓がうるさくて仕方なかった。


「変じゃない。むしろ、すごいなって思う」


その言葉を聞いたとき、泣きそうになった。

受け入れてもらえた。私の“新しい形”を、否定しないでくれた。


「自分の中の“かっこよさ”を形にできるって、すごく気持ちがいいんだよ」

そう言うと、拓海は少しだけ目を伏せてから、私をまっすぐ見た。


「どんな格好でもいいけどさ、お前は、お前なんだよな」


——それが、どんなにうれしかったか。


私は男装が好き。でも、それだけじゃない。

私の“好き”を、認めてくれる人がいるってことが、何より嬉しかった。


「うん、ありがと」

私は、彼に向かって、少しだけ照れながら笑った。


そして思った。

この新しい自分に、ようやく「ただいま」って言える気がする。

日曜日, 9月 21, 2025

第一話 B-side 知らなかった君

 夕焼けの帰り道、俺は、あかりの横を歩いていた。

この通学路をふたりで歩くのは、もう何度目だろう。

けど、何度でも思う。隣にいると、心臓がうるさい。


「……なんで男子の制服って、あんなにかっこいいんだろうね」

唐突に、あかりがそんなことを言い出した。


「は? 急にどうした」

「いや、今日さ、廊下で他のクラスの男子がジャケット片手に歩いてたんだけど……なんかもう、映画の主人公みたいでさ」


そう言って笑うあかりを、俺は見ないふりで前を向いた。


「そんなに憧れるなら、お前が着てみたら?」


冗談混じりに返した。けど心のどこかで、「似合うかも」と思ってしまったのも本音だ。

それに——そんなの見たら、たぶん俺、また好きになっちまう。


***


数日後の土曜、あかりから「カフェ行かない?」とLINEがきた。

駅前で合流予定。いつもなら制服やスカート姿のあかりが、今日は違った。


フード付きの黒パーカーに、ゆるめのデニム。

ボーイッシュだけど、どこか整ってて、やけに目を引く。


「お前……誰だよ、それ」

口をついて出たのは驚きと、少しの戸惑い。


でもあかりは笑ってた。「ちょっと、着てみたくなって」って。

その笑顔が、まぶしかった。


「もしかして……本気でハマった?」

「……ちょっと、ね」


「似合ってるよ。お前が思うより、ずっと」


言ったあとで後悔しかけたけど、もう戻せなかった。

あかりは驚いたように瞬きをして、でも嬉しそうに目を細めた。


なんだよそれ、反則だろ。


俺が知ってたあかりは、スカートの裾を気にしながら歩くような女の子だった。

けど今目の前にいるのは、ちょっと違う“あかり”。


でもどっちの君も、俺は好きなんだ。

たぶん昔から、ずっと。


駅前のカフェまでの短い道のりが、今日は妙に長く感じた。

そしてその分、隣にいる“新しい君”を、ゆっくりと目に焼きつけた。


日曜日, 9月 14, 2025

第一話 スカートの外側

 夕焼けに染まる通学路。

制服のスカートを風に揺らしながら、あかりは隣を歩く拓海の横顔を見上げた。


「……なんで男子の制服って、あんなにかっこいいんだろうね」

「は? 急にどうした」

「いや、今日さ、廊下で他のクラスの男子がジャケット片手に歩いてたんだけど……なんかもう、映画の主人公みたいでさ」


拓海は呆れたような顔をして言った。「そんなに憧れるなら、お前が着てみたら?」


それは冗談だった。

だが、あかりの心には妙な引っかかりが残った。


***


その夜、あかりはクローゼットを開けた。

目についたのは兄のお下がりのブレザーとワイシャツ。

何気なく袖を通す。ボタンを留め、ネクタイを締めて鏡の前に立った瞬間——


「……え、なにこれ、めっちゃしっくりくるじゃん」


予想以上にしっくりきた自分の姿に、思わず笑いがこぼれる。

スカートではなくスラックス。胸元を隠すシャツのボタン。

どこか頼りなげだった自分が、少しだけ強くなれた気がした。


「あたし、男装……好きかも」


頬が熱くなる。けれどその気持ちは、恥ずかしさではなかった。


翌日、私服OKの休日をいいことに、男物のパーカーを羽織って出かけてみる。

街のショーウィンドウに映るのは、昨日までの自分とは少し違う「わたし」。


スマホが震えた。拓海からのメッセージ。


《駅前のカフェ、集合で》

《って、誰だよお前!?》


駅前に立っていたあかりを見て、拓海は目を丸くした。

「もしかして……本気でハマった?」

「……ちょっと、ね」


彼はしばらく無言だったが、ふいに笑った。

「似合ってるよ。お前が思うより、ずっと」


あかりの胸が、不思議と軽くなった気がした。

スカートの外側に、まだ知らない“わたし”がいる。


そしてそれを、見つけてくれた誰かがいる。

それだけで、世界が少しだけ広く見えた。