最初はただの、ほんの出来心だった。
拓海と一緒に帰っていたある日、通りすがりの店で見かけたマネキンが、男物のシャツを着てて――
なぜか、心がざわついた。
「私も、こんなふうに着てみたいかも」
口に出したら、拓海はちょっと驚いた顔をしたけど、笑ってた。
それがきっかけだった。
その夜、クローゼットを開けてみた。
タンスの奥にしまってた、昔兄のおさがりでもらったTシャツやジャケットを引っぱり出して、鏡の前でポーズをとってみた。
「……意外と、似合ってる?」
気づいたら、そのままスマホで写真を撮っていた。
シャッター音がやけに大きく響いた。だけど、それよりも胸が高鳴っていた。
気持ちよかった。
女の子として「可愛い」と言われるのは悪くない。
でも、「カッコいい」って、自分が自分でいられる気がした。
そこからは早かった。
ネットで男装メイクの動画を探して、髪型を研究して、服を買いに行って……気づけば、週末はほとんど「男装あかり」として過ごしていた。
不思議なことに、学校の帰り道、拓海と並んで歩くとき――
リボンをはずして、ちょっと襟元を緩めるだけで、背筋がしゃんとするようになった。
「ちょっと借りてみたの」
ある日、拓海のネクタイを借りた。
本当は、もっと見てほしかった。
“カッコいい”って、言ってほしかった。
そして、あの日。
意を決して、拓海を部屋に呼んだ。
「見てほしくてさ」
スラックスに、シャツとベスト。鏡で何度も確認した。
男子でも女子でもない、でも“私”らしい姿。
胸を張って、クローゼットの前に立った。
拓海は、少し驚いて、それから――ちゃんと、見てくれた。
「どう……変じゃない?」
言葉が返ってくるまで、ほんの数秒だったのに、心臓がうるさくて仕方なかった。
「変じゃない。むしろ、すごいなって思う」
その言葉を聞いたとき、泣きそうになった。
受け入れてもらえた。私の“新しい形”を、否定しないでくれた。
「自分の中の“かっこよさ”を形にできるって、すごく気持ちがいいんだよ」
そう言うと、拓海は少しだけ目を伏せてから、私をまっすぐ見た。
「どんな格好でもいいけどさ、お前は、お前なんだよな」
——それが、どんなにうれしかったか。
私は男装が好き。でも、それだけじゃない。
私の“好き”を、認めてくれる人がいるってことが、何より嬉しかった。
「うん、ありがと」
私は、彼に向かって、少しだけ照れながら笑った。
そして思った。
この新しい自分に、ようやく「ただいま」って言える気がする。