夕焼けに染まる通学路。
制服のスカートを風に揺らしながら、あかりは隣を歩く拓海の横顔を見上げた。
「……なんで男子の制服って、あんなにかっこいいんだろうね」
「は? 急にどうした」
「いや、今日さ、廊下で他のクラスの男子がジャケット片手に歩いてたんだけど……なんかもう、映画の主人公みたいでさ」
拓海は呆れたような顔をして言った。「そんなに憧れるなら、お前が着てみたら?」
それは冗談だった。
だが、あかりの心には妙な引っかかりが残った。
***
その夜、あかりはクローゼットを開けた。
目についたのは兄のお下がりのブレザーとワイシャツ。
何気なく袖を通す。ボタンを留め、ネクタイを締めて鏡の前に立った瞬間——
「……え、なにこれ、めっちゃしっくりくるじゃん」
予想以上にしっくりきた自分の姿に、思わず笑いがこぼれる。
スカートではなくスラックス。胸元を隠すシャツのボタン。
どこか頼りなげだった自分が、少しだけ強くなれた気がした。
「あたし、男装……好きかも」
頬が熱くなる。けれどその気持ちは、恥ずかしさではなかった。
翌日、私服OKの休日をいいことに、男物のパーカーを羽織って出かけてみる。
街のショーウィンドウに映るのは、昨日までの自分とは少し違う「わたし」。
スマホが震えた。拓海からのメッセージ。
《駅前のカフェ、集合で》
《って、誰だよお前!?》
駅前に立っていたあかりを見て、拓海は目を丸くした。
「もしかして……本気でハマった?」
「……ちょっと、ね」
彼はしばらく無言だったが、ふいに笑った。
「似合ってるよ。お前が思うより、ずっと」
あかりの胸が、不思議と軽くなった気がした。
スカートの外側に、まだ知らない“わたし”がいる。
そしてそれを、見つけてくれた誰かがいる。
それだけで、世界が少しだけ広く見えた。