夕暮れの校門を出た瞬間、拓海の声が背後から響いた。
「あかり、ちょっといいか」
振り向くと、拓海は真剣な眼差しでこちらを見ていた。その表情は、いつもと違い、何かを決意しているように見える。
足を止めたあかりは、胸の鼓動が急に早まるのを感じた。
「……どうしたの?」
問いかける声が、自分でも少しだけ震えているのがわかる。
拓海は一歩近づき、夕日の光に縁取られながら深く息を吸い込んだ。
「あかり……俺、お前のことが好きだ」
その言葉が耳に届いた瞬間、あかりの中で時間が止まったように感じた。
目の奥が熱くなり、心の奥底に押し込めていた感情が一気に溢れ出す。
――やっと、聞けた。ずっと欲しかった言葉。
「……本当に?」
自分でも驚くほど小さな声で問い返すと、拓海は迷わず頷いた。
「ああ。本当に。ずっと前から、だけど……お前が悩んでるのを見て、言えなかった。でも、このままじゃ後悔すると思った」
あかりの胸の奥に、温かい光が差し込む。拓海も、自分と同じ気持ちでいてくれた。それだけで、身体の奥から幸せが広がっていくようだった。
唇が自然と笑みに形を変え、頬が熱く染まる。
「……嬉しい。私も、ずっと……」
その時、不意に脳裏をよぎったのは、冴香の笑みだった。
ホテルのラウンジで向かい合った時の、あの妖艶な眼差し。
低く甘い声で「男装しているあなたが好き」と囁かれた瞬間の心のざわめき。
そして、数度の再会を重ねる中で感じた、胸の奥を撫でるようなときめき。
――あれは何だったんだろう。恋……なのかな?
いや、拓海に対して感じているものとは違う。もっと大人びた、憧れのような、けれど確かに心を揺さぶる何か。
「あかり?」
拓海が首を傾げて呼びかける。気づけば、自分は言葉を止めてしまっていた。
「……ごめん。続き、聞かせてくれる?」
あかりは微笑んで取り繕うが、胸の奥では二つの感情がせめぎ合っていた。
拓海への想いは、間違いなく恋だとわかっている。
一緒に過ごした日々、笑い合った瞬間、落ち込んだ時に支えてくれた手の温もり――それらはすべて恋の色で染まっている。
けれど、冴香といる時に感じる、あの特別な空気。
自分の中の「普段の私」でもなく「男装している私」でもない、もうひとつの側面を見つけ出してくれる視線。
それに触れるたび、自分の中の何かが目覚めていくような感覚があった。
――私は、どっちの感情が本物なんだろう。
拓海の前で笑う私も、冴香の前で胸を高鳴らせる私も、どちらも嘘じゃない。
だけど、この二つの気持ちは同じ形じゃない。
「……私も、ずっと好きだったよ」
そう言葉にしながらも、その奥で、冴香の影は淡く揺れて消えなかった。
拓海は安堵の笑みを浮かべ、「ありがとう」と呟いた。その笑顔があかりの胸をさらに温める一方で、心のどこかが微かに疼く。
――私、これからどうするんだろう。
夕焼けに染まる道を並んで歩きながら、あかりは答えの出ない問いを胸の奥に抱え続けていた。
まるで二つの異なる旋律が、同じ心の中で静かに響き合っているように。