日曜日, 10月 12, 2025

第三話 ステージの上の“わたし”

 文化祭当日、教室はざわざわしていた。


私たちのクラスは演劇をやることになっていて、役決めのとき、誰かが軽く言った。


「王子役、あかりでよくない? 最近、男装ハマってるって聞いたし」


一瞬、空気が止まった。でもすぐに、何人かが「見てみたい!」「絶対似合う!」って乗ってきて、気づいたら拍手が起きていた。


私は戸惑っていた。

男装は“自分の部屋”でやるもので、こんな公の場で披露するなんて思ってもいなかった。


でも、拓海が言ってくれた。


「見せてやればいいんじゃね? あかりの“かっこよさ”ってやつをさ」


その一言で、背中を押された。


***


王子役の衣装は、白のシャツに黒のベスト、光沢のあるスラックス。

軽くセットした前髪と、ピアス風のイヤーカフ。

鏡の中の“私”は、驚くほど堂々としていた。


「……これは、やるしかないか」


ステージに立つ直前、足が震えた。

でも、袖の向こうにいる観客の気配が、どこか心地よかった。


幕が上がる。


「――姫君、どうかこの手を」


台詞が口をついて出た瞬間、場内に「キャーッ」と歓声が走った。

ふだんの私じゃ考えられないくらい、視線が集まっていた。


視線が怖いどころか、心地よかった。

ああ、これが「表現」なんだ。

自分の中の“かっこよさ”を、誰かに見てもらうって、こんなに胸が熱くなるんだ。


舞台袖の向こう、観客席の一番後ろ。

拓海の姿が見えた。


私が台詞を言うたびに、口元がゆるんでいる。

その目が、「ちゃんと見てるよ」って言っていた。


***


幕が下りたあと、女子たちが私の周りに集まった。


「マジで王子だった!」

「ていうか普通にタイプなんだけど!」

「SNS載せていい? 顔隠すから!」


褒め言葉が飛び交うたびに、嬉しいような、くすぐったいような気持ちになった。


そんな中、拓海がぽつりと近づいてきて、笑った。


「ちょっと有名人になってんじゃん」


「うん、びっくりした」


「……でも、あれ見てたらさ、なんか悔しくなった」

「え?」


「俺の知らない“あかり”が、どんどん増えてく感じ。ちょっとだけ、置いてかれそうでさ」


私の胸が、少し痛くなった。

でも次の瞬間、素直に言えた。


「じゃあ、ちゃんと見てて。どんな私でも、目、離さないでよ」


拓海は少しだけ目を見開いて、それから、優しくうなずいた。


「もちろん」