文化祭当日、教室はざわざわしていた。
私たちのクラスは演劇をやることになっていて、役決めのとき、誰かが軽く言った。
「王子役、あかりでよくない? 最近、男装ハマってるって聞いたし」
一瞬、空気が止まった。でもすぐに、何人かが「見てみたい!」「絶対似合う!」って乗ってきて、気づいたら拍手が起きていた。
私は戸惑っていた。
男装は“自分の部屋”でやるもので、こんな公の場で披露するなんて思ってもいなかった。
でも、拓海が言ってくれた。
「見せてやればいいんじゃね? あかりの“かっこよさ”ってやつをさ」
その一言で、背中を押された。
***
王子役の衣装は、白のシャツに黒のベスト、光沢のあるスラックス。
軽くセットした前髪と、ピアス風のイヤーカフ。
鏡の中の“私”は、驚くほど堂々としていた。
「……これは、やるしかないか」
ステージに立つ直前、足が震えた。
でも、袖の向こうにいる観客の気配が、どこか心地よかった。
幕が上がる。
「――姫君、どうかこの手を」
台詞が口をついて出た瞬間、場内に「キャーッ」と歓声が走った。
ふだんの私じゃ考えられないくらい、視線が集まっていた。
視線が怖いどころか、心地よかった。
ああ、これが「表現」なんだ。
自分の中の“かっこよさ”を、誰かに見てもらうって、こんなに胸が熱くなるんだ。
舞台袖の向こう、観客席の一番後ろ。
拓海の姿が見えた。
私が台詞を言うたびに、口元がゆるんでいる。
その目が、「ちゃんと見てるよ」って言っていた。
***
幕が下りたあと、女子たちが私の周りに集まった。
「マジで王子だった!」
「ていうか普通にタイプなんだけど!」
「SNS載せていい? 顔隠すから!」
褒め言葉が飛び交うたびに、嬉しいような、くすぐったいような気持ちになった。
そんな中、拓海がぽつりと近づいてきて、笑った。
「ちょっと有名人になってんじゃん」
「うん、びっくりした」
「……でも、あれ見てたらさ、なんか悔しくなった」
「え?」
「俺の知らない“あかり”が、どんどん増えてく感じ。ちょっとだけ、置いてかれそうでさ」
私の胸が、少し痛くなった。
でも次の瞬間、素直に言えた。
「じゃあ、ちゃんと見てて。どんな私でも、目、離さないでよ」
拓海は少しだけ目を見開いて、それから、優しくうなずいた。
「もちろん」