「今日の予定、空けてあるよね?」
いつもより短いメッセージ。
でも、なんだかドキドキする。
だって今日は、“男装の私”として、初めて拓海と会う日だから。
男装に憧れを持ったきっかけは些細なことだった。
帰り道、ふと拓海が見た雑誌の表紙の男装モデルを「かっこいいな」って言ったこと。
その一言が胸に刺さって、ずっと離れなかった。
“私だって、かっこよくなれるかな?”
そう思って始めた男装だったけど、予想以上にしっくりきた。
鏡の前の自分が、自信を持って笑っている。
拓海に見せたら、どんな顔をするだろう。
想像するだけで、心が踊った。
***
待ち合わせ場所に立っていた拓海は、私を見るなり「完成度上がったな」って少し呆れたように笑った。
でも、視線は何度も私の服装に戻ってきていて――それが、嬉しかった。
私を“女の子”としてじゃなく、“一人のかっこいい人”として見てくれてるかもしれない。
そんな期待が、心の奥に小さく芽生えていた。
でも――もっと、意識させてみたかった。
***
買い物のあと、人通りの少ない裏通りのビルの陰に入ったとき、私は思い切って近づいた。
「ねえ拓海、ちょっと驚かせていい?」
そう言って、彼のすぐ横の壁に手をついた。
ドンッ。
「壁ドンって、こう?」
自分で言っておきながら、内心はバクバクだった。
でも、拓海の瞳が一瞬驚いて揺れ、そして言葉に詰まったその表情を見て――自分の心臓が跳ね上がった。
それは、幼なじみとしてじゃなく、
“男装の私”が、彼の心に触れた瞬間だった。
「ちょ、やめろって……!」
拓海は笑って体をかわしたけど、頬がほんのり赤いのを私は見逃さなかった。
“ねえ拓海、今ドキッとしたでしょ?”
そう問いかけたかったけど、あえて言わなかった。
その照れ隠しの仕草を、そっと胸の中にしまった。
***
そのあとの彼は、ちょっとだけ静かだった。
私の前を歩く彼の背中を見ながら、私は自分の胸に手を当てた。
鼓動が、まだ速い。
私は今、きっと、拓海に少しだけ近づけた。
女の子としてじゃなくて、
かっこいい“誰か”として。
でも――それだけじゃない。
私が壁ドンを仕掛けたのは、ただ驚かせたかったからじゃない。
本当は、もっと深い気持ちがあった。
彼に、もっと見てほしかった。
もっと、私にドキドキしてほしかった。
だって、ずっと昔から私は拓海が好きで、
でもその気持ちを、どんな形で伝えればいいか分からなかった。
でも今なら、男装という“新しい自分”でなら、少しだけ勇気が出せる。
あの壁ドンは、私のほんの小さな“告白”だったのかもしれない。
***
「次、行こーぜ!」
私の声に顔を上げた拓海は、少しだけ視線を逸らして笑った。
その笑い方が、いつもより照れて見えた。
きっと、気づき始めてる。
私たちの関係が、少しずつ変わり始めていることに。
幼なじみだった二人が、
少しずつ距離を変えていく――
そんな予感が、今日の空のように、やけに澄んでいた。