「ねえ拓海、今日の予定、空けてあるよね?」
待ち合わせの朝、LINEに届いたその一文だけで、胸が少しざわついた。
“女の子のあかり”のはずなのに、最近はどこか“男っぽく”て、妙に主導権を握ってくる。
男装を始めてからのあかりは、堂々として、でもどこか楽しそうで。
最初は驚いたけど、今ではその姿が自然に見えてきていた。
それでも——
今日はなんだか、予感があった。
***
待ち合わせ場所に現れたあかりは、黒のジャケットにワイドパンツ、白のTシャツをラフに合わせていた。
髪はいつもよりきっちりまとめられていて、まるで雑誌から出てきたモデルみたいだった。
「……なんか、お前、完成度上がってない?」
「ふふん、研究してるからね。どう、驚いた?」
「まぁ、ちょっとは」
軽口で返しつつも、実際には、内心ざわざわしていた。
あかりを“可愛い”と思っていた俺が、今は“かっこいい”にもドキッとしている。
俺、どうかしてるかもしれない。
「じゃ、行こっか。今日は私がリードするって決めてるから」
そう言って、先に歩き出すあかり。
その背中を、つい目で追ってしまう。
***
買い物をしたあと、駅前のビルの陰で休憩していたときのことだった。
ふと、あかりがこちらに一歩近づいて、にやっと笑った。
「ねえ拓海、ちょっと驚かせていい?」
「は? なんだよ急に……」
その瞬間だった。
ドンッ。
あかりが俺のすぐ横の壁に手をついた。
俺は壁に背を向けていたから、あかりの顔が、すぐ目の前にある。
距離、20センチ。
息、止まった。
「壁ドンって、こんな感じで合ってる?」
いたずらっぽく笑うその顔が、やけに男前で。
いや、待て待て。
俺、いま壁ドンされてるのか?
しかも、あかりに?
「ちょ、やめろって……!」
そう言って笑いながら体をずらしてその場を外したけど、心臓はバクバクだった。
笑ってごまかしたけど……正直、やばかった。
あれ、なんだ。
妙に、鼓動が早くなる。
しかも、嫌じゃなかった。
むしろ、もう一回されてもいいって思った自分がいた。
なんでだよ。
「……もしかして、顔赤い?」
あかりが覗き込んできたけど、俺はすぐに目をそらした。
「なってねぇし」
「ふーん? まぁ、いいけど」
あかりは肩をすくめて、また歩き出した。
俺はその背中を見ながら、心のなかで頭を抱えていた。
どういう感情なんだ、これは。
あかりは“女の子”のはずだ。
俺が昔から好きだった、あの無邪気で天然で、ちょっと抜けてる“幼なじみ”。
なのに今、あの手にドンと壁を押さえられただけで、こんなに心が揺れるなんて。
ドキドキするなんて。
あいつ、変わった。
でも――たぶん、俺も変わり始めてる。
男装のあかりに引っ張られるように、俺の気持ちも、どこか知らない方へと動き出している気がする。
「なあ、拓海!」
前を歩いていたあかりが振り返って、笑った。
「次、行こーぜ!」
その笑顔は昔と変わらないはずなのに、
なんでだろうな。
今日のあかりは、やけに眩しくて、まっすぐ目が見れなかった。
――すぐ横の壁につかれた時のあの手の感覚と、目の前のあかりから感じた甘い息が、まだ、胸の中に残っていた。