日曜日, 10月 26, 2025

第四話 B-side その手に触れた鼓動

 「ねえ拓海、今日の予定、空けてあるよね?」


待ち合わせの朝、LINEに届いたその一文だけで、胸が少しざわついた。

“女の子のあかり”のはずなのに、最近はどこか“男っぽく”て、妙に主導権を握ってくる。


男装を始めてからのあかりは、堂々として、でもどこか楽しそうで。

最初は驚いたけど、今ではその姿が自然に見えてきていた。


それでも——

今日はなんだか、予感があった。


***


待ち合わせ場所に現れたあかりは、黒のジャケットにワイドパンツ、白のTシャツをラフに合わせていた。

髪はいつもよりきっちりまとめられていて、まるで雑誌から出てきたモデルみたいだった。


「……なんか、お前、完成度上がってない?」


「ふふん、研究してるからね。どう、驚いた?」


「まぁ、ちょっとは」


軽口で返しつつも、実際には、内心ざわざわしていた。

あかりを“可愛い”と思っていた俺が、今は“かっこいい”にもドキッとしている。


俺、どうかしてるかもしれない。


「じゃ、行こっか。今日は私がリードするって決めてるから」


そう言って、先に歩き出すあかり。

その背中を、つい目で追ってしまう。


***


買い物をしたあと、駅前のビルの陰で休憩していたときのことだった。

ふと、あかりがこちらに一歩近づいて、にやっと笑った。


「ねえ拓海、ちょっと驚かせていい?」


「は? なんだよ急に……」


その瞬間だった。


ドンッ。


あかりが俺のすぐ横の壁に手をついた。

俺は壁に背を向けていたから、あかりの顔が、すぐ目の前にある。


距離、20センチ。

息、止まった。


「壁ドンって、こんな感じで合ってる?」


いたずらっぽく笑うその顔が、やけに男前で。

いや、待て待て。

俺、いま壁ドンされてるのか?

しかも、あかりに?


「ちょ、やめろって……!」

そう言って笑いながら体をずらしてその場を外したけど、心臓はバクバクだった。


笑ってごまかしたけど……正直、やばかった。


あれ、なんだ。

妙に、鼓動が早くなる。

しかも、嫌じゃなかった。

むしろ、もう一回されてもいいって思った自分がいた。


なんでだよ。


「……もしかして、顔赤い?」


あかりが覗き込んできたけど、俺はすぐに目をそらした。


「なってねぇし」


「ふーん? まぁ、いいけど」


あかりは肩をすくめて、また歩き出した。


俺はその背中を見ながら、心のなかで頭を抱えていた。

どういう感情なんだ、これは。


あかりは“女の子”のはずだ。

俺が昔から好きだった、あの無邪気で天然で、ちょっと抜けてる“幼なじみ”。


なのに今、あの手にドンと壁を押さえられただけで、こんなに心が揺れるなんて。

ドキドキするなんて。


あいつ、変わった。

でも――たぶん、俺も変わり始めてる。


男装のあかりに引っ張られるように、俺の気持ちも、どこか知らない方へと動き出している気がする。


「なあ、拓海!」


前を歩いていたあかりが振り返って、笑った。


「次、行こーぜ!」


その笑顔は昔と変わらないはずなのに、

なんでだろうな。

今日のあかりは、やけに眩しくて、まっすぐ目が見れなかった。


――すぐ横の壁につかれた時のあの手の感覚と、目の前のあかりから感じた甘い息が、まだ、胸の中に残っていた。