休日のデパートは、夏休みのせいか家族連れや学生で賑わっていた。
フードコートの席を取って、あかりが戻ってくるのを待っていると、遠くから男装姿の彼女が歩いてくるのが見えた。
黒いキャップにゆるめのシャツ、足首の見える細身のパンツ。
外見だけなら、どう見ても中性的なイケメン。
視線を向ける女子高生のグループもちらほらいて、俺は心の中で何とも言えない感情を抱えながら、彼女がトレーを持って近づいてくるのを見守った。
「ごめん、遅くなった」
「全然。混んでた?」
「ちょっとね」
笑顔でそう言ったあかりだけど、その表情にはどこかぎこちなさがあった。
普段ならもっと無邪気に笑うのに、今日はどこか遠くを見ているような視線だった。
沈黙が少しずつテーブルを覆っていく。
食べている間も、彼女はときどき箸を止めて、考え込むように目を伏せていた。
「……なあ、あかり」
勇気を出して口を開いた。
ずっと喉の奥にひっかかっていた言葉を、ようやく吐き出す。
「先週の喫茶店で、なんかあった?」
一瞬、あかりの手が止まった。
そのまま箸をそっと置いて、トレーの上を見つめたまま沈黙する。
「いや、別に責めたいわけじゃない。ただ、あの日から、なんか……元気ないっていうか。なんか、変だよ、お前」
少し待って、ようやくあかりが小さく口を開いた。
「……あの時、拓海がトイレ行ってる間に、知らない人に声をかけられたの」
「知らない人?」
「うん。女の人。ちょっと大人っぽくて、妖艶な感じの……。その人が、男装してる私を見て、“かっこいいね”って言ってきたの」
冗談めかして言ってるわけじゃないことは、あかりの目を見ればわかった。
その目は、どこか揺れていた。
「その人、名刺もくれた。……なんか、スカウトっぽい感じだったけど……」
名刺? スカウト?
混乱しつつも、それよりもあかりの様子が気になった。
「それって、嬉しかった?」
「……うん。少しね。でも、それから、自分でもわからなくなってきて……」
「なにが?」
あかりは唇を噛み、少し俯いた。
「私さ、今の“男装してる自分”と、普段の“女の子の私”、どっちが本当の自分なんだろうって、わからなくなってきたの」
「……」
「冴香さん――その人が言ってくれた“君みたいな子、なかなかいない”って言葉が、なんか……すごく胸に残ってるの。女の子としてじゃなくて、“私”を認めてくれた気がして……」
あかりは俺を見た。
まっすぐに。
「拓海は……どう思う?」
俺は答えを探した。
でも、すぐには言葉が出てこなかった。
なぜなら、俺自身も――戸惑っていたから。
男装しているあかりを見て、「かっこいい」と思ったのは事実だ。
壁ドンされた時なんて、心臓が飛び出しそうになった。
でもそれは、“女の子らしい”あかりとはまた違うドキドキで――
どっちが本当のあかりなのかなんて、俺にもわからない。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
「……どっちが“本当”かなんて、今決めなくてもいいと思う」
ゆっくり言葉を選びながら、俺は続けた。
「俺は……男装してても、してなくても、お前が“お前”だって思ってる。だから――悩んでるなら、一緒に悩むよ」
あかりの瞳が、少し揺れた。
それから、わずかに頬を緩めたように見えた。
「……ありがとう」
ほんの少しだけ、本来の彼女が戻ってきたような気がした。
フードコートの喧騒はそのままでも、俺たちのテーブルには、少しだけ温かな空気が流れ始めていた。