「やっぱり、あかりの男装、街中でも目立つな。」
拓海がそう言って笑ったのは、街角の喫茶店の看板が見えてきた時だった。
天気のいい休日、駅前の通りは若者やカップルでにぎわっていて、確かに視線を感じることは多かった。
でも、あかりはどこか誇らしげだった。
ただの変装じゃない。男装はもう、彼女の一部になりつつある。
「どうせなら、堂々と歩いた方が気持ちいいでしょ?」
「うん、似合ってる。てか、普通にかっこいいし。」
さらっと言う拓海の言葉が、少しだけ胸に刺さる。
この人の何気ない一言って、ずるいくらいに効くんだよな――と、あかりは心の中で微笑んだ。
喫茶店は古風なレンガ造りで、通りの喧騒とは対照的に落ち着いた空気が流れていた。
二人は奥の窓際の席に座り、メニューを広げる。
「俺、トイレ行ってくる。アイスコーヒーでいいや。頼んどいてくれる?」
「あいよ、兄貴。」
冗談まじりに返すと、拓海は笑いながら席を立っていった。
その後ろ姿を見送りながら、あかりはふっと窓の外に視線を向ける。
街のざわめきが、ほんの少し遠くに感じられるこの静かな空間。
男装でこうして拓海と出かけるのも、もう慣れてきた。
「……ふふ、いい男ねぇ。」
突然、耳元で低くて艶やかな声がした。
驚いて顔を上げると、目の前には一人の女性が立っていた。
見た目は二十代後半から三十代前半だろうか。
波打つ黒髪、ワインレッドのロングスカートに艶のあるブラウス。
仕草の一つひとつに、年上の余裕と色気がにじみ出ている。
「ごめんなさいね、急に。あまりに素敵だったから、つい声をかけたくなっちゃって。」
女性はあかりの隣の席に腰を下ろすと、頬杖をついてじっと見つめてくる。
その目は、どこか試すように、愉しむように細められていた。
「え、あ、あの……」
一瞬、声が詰まった。
普段のあかりなら、こういうタイプの相手にも冗談で返せるくらいの余裕があるはずなのに。
どこか相手の雰囲気に飲まれていた。
「ねえ、お名前は? 彼氏さんを待ってるのかしら?」
「……友達と一緒に来てるんです。すぐ戻ってきます。」
男っぽく低めの声で返したつもりだったけど、内心はかなり焦っていた。
ただの軽いナンパとは明らかに違う。
この女性の視線は鋭くて、どこか人の“正体”を見透かすような強さがある。
「ふふ、焦らないで。男装でしょう?」
耳元でそっと囁かれたその一言に、あかりは体がビクッと反応した。
「うまいもの。よく研究してるし、立ち振る舞いも堂に入ってる。あなた、自分の魅力をちゃんと分かってるわね。」
「……え、なんでわかったんですか。」
「女の勘よ。あと――目が女の子のままだもの。」
そう言って、女性はゆるく微笑んだ。
挑発ではなく、賞賛とも取れるその笑みが、かえって不気味だった。
「あなたのようなタイプ、好きよ。可愛いのにかっこいい、そんな危うさに惹かれる人って多いのよ。」
「あ、あの、本当に……友達が戻ってくるんで――」
「じゃあ、またね。」
女性はすっと立ち上がると、テーブルに自分の名刺を一枚だけ置いて、振り返ることなく歩き去っていった。
あかりはその名刺を見つめたまま、何も言えなかった。
“君って、やっぱり人の目を引くんだな。”
拓海の言葉が、今になって思い出される。
でも――
こんな形で“目立つ”のは、全然慣れてない。
自分が男装していることで、こんなにも他人の興味を引くのかと実感し、同時にどこかスリルを感じていた。
ふと、トイレから戻ってくる拓海の姿が見えた。