トイレから戻ると、あかりは妙に背筋を伸ばして座っていた。
カップに手を添えたまま、窓の外をぼんやり見つめている。
その仕草が、どこか“作った静けさ”のように見えた。
「戻ったよ〜。暑いな、今日は。」
声をかけても、あかりの反応はわずかに遅れていた。
「あ、うん。おかえり。」
笑ってはいる。でも、いつもの柔らかさが少しだけ足りない。
何かを隠しているような、そんな表情。
机の上にはカップとスマホだけ。
俺が立った時と、ほとんど変わっていない。
でも空気は、明らかに違っていた。
「……なんかあった?」
俺の問いかけに、あかりはピクリと肩を揺らした。
すぐに「なんでもないよ」と笑ったけど、その笑顔は作り物だ。
ずっと隣で見てきたから、わかる。
けど、それ以上は聞けなかった。
彼女が「話さない」ことを選んだ時は、無理に踏み込まない。
それが、俺たちの間の“暗黙の了解”だった。
けれど今日は、なんだかざわつく。
目の前にいるのに、少しだけ遠い。
ポケットに手を入れる仕草がやけに慎重で――
なにかを隠してるように見えたのは、気のせいか?
俺はコップの水を一口飲みながら、何気なく話題を変える。
「文化祭の後、よく男装の話される?」
「ん? あー、まぁ、ちょこちょこ。」
「やっぱ反響あったよな、あの姿。」
「そ、そうかもね。」
会話は続いているのに、心がどこか噛み合わない。
俺が気づいてないフリをしてるのか、
それともあかりが“本当に見せたくないもの”を抱えてるのか。
いつからだろう。
あかりの背中に、自分が知らない影を見つけるようになったのは。
男装がきっかけだったのか、
それとも俺があかりを一人の“女の子”として意識し始めたからか。
「……本当に、なんでもない?」
問い直すと、今度は少しだけ、あかりが目を伏せた。
「うん。大丈夫だよ。」
その言葉に、胸の奥で“かすかな痛み”が走る。
信じたい。でも――どこかで、見失いそうな気がして。
俺はただ、その笑顔を壊さないように、
水の入ったグラスを見つめるふりをした。