月曜日, 11月 17, 2025

第六話 B-side 見えない何か

トイレから戻ると、あかりは妙に背筋を伸ばして座っていた。

カップに手を添えたまま、窓の外をぼんやり見つめている。

その仕草が、どこか“作った静けさ”のように見えた。


「戻ったよ〜。暑いな、今日は。」


声をかけても、あかりの反応はわずかに遅れていた。


「あ、うん。おかえり。」


笑ってはいる。でも、いつもの柔らかさが少しだけ足りない。

何かを隠しているような、そんな表情。


机の上にはカップとスマホだけ。

俺が立った時と、ほとんど変わっていない。

でも空気は、明らかに違っていた。


「……なんかあった?」


俺の問いかけに、あかりはピクリと肩を揺らした。

すぐに「なんでもないよ」と笑ったけど、その笑顔は作り物だ。

ずっと隣で見てきたから、わかる。


けど、それ以上は聞けなかった。


彼女が「話さない」ことを選んだ時は、無理に踏み込まない。

それが、俺たちの間の“暗黙の了解”だった。


けれど今日は、なんだかざわつく。

目の前にいるのに、少しだけ遠い。


ポケットに手を入れる仕草がやけに慎重で――

なにかを隠してるように見えたのは、気のせいか?


俺はコップの水を一口飲みながら、何気なく話題を変える。


「文化祭の後、よく男装の話される?」


「ん? あー、まぁ、ちょこちょこ。」


「やっぱ反響あったよな、あの姿。」


「そ、そうかもね。」


会話は続いているのに、心がどこか噛み合わない。


俺が気づいてないフリをしてるのか、

それともあかりが“本当に見せたくないもの”を抱えてるのか。


いつからだろう。

あかりの背中に、自分が知らない影を見つけるようになったのは。


男装がきっかけだったのか、

それとも俺があかりを一人の“女の子”として意識し始めたからか。


「……本当に、なんでもない?」


問い直すと、今度は少しだけ、あかりが目を伏せた。


「うん。大丈夫だよ。」


その言葉に、胸の奥で“かすかな痛み”が走る。


信じたい。でも――どこかで、見失いそうな気がして。


俺はただ、その笑顔を壊さないように、

水の入ったグラスを見つめるふりをした。