週明けの朝、教室のドアをくぐった拓海は、無意識にあかりの席へと視線を向けていた。
いつも通りの窓際の席。少し背を丸めてノートを開いている小さな背中。
けれど、その姿にどこか見慣れない“よそよそしさ”を感じたのは、拓海の心がまだ整理しきれていないからかもしれなかった。
――あの日の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
あかりが、誰かと歩いていた。
あの艶やかな女性と、肩を並べて微笑んでいた。
普段、拓海に見せたことのない表情で――まるで恋人に向けるような、柔らかくて、熱のこもった眼差しだった。
あの一瞬を見ただけで、拓海の胸には複雑な想いが渦巻いた。
「きっともう、俺の入る隙なんてないんだろうな……」
そう思って、その場を立ち去った。
あかりの幸せを願うなら、踏み込むべきではない――そう結論を出しかけていた。
だが、いざ教室で向かい合ってみると、拓海の心はまた、ぐらりと揺れた。
「あっ、拓海。おはよう!」
席に着いた途端、あかりがぱっと顔を上げて笑いかけてきた。
変わらないその笑顔に、ほんの少し違和感があった。
明るく、自然で、以前よりも自信に満ちている。
それなのに、どこか距離を感じる。
「お、おう。おはよう」
間の抜けた返事をしてしまった自分に苦笑しながらも、拓海は気づいていた。
確かに、あかりは変わった。
以前のように迷いや不安に囚われた表情ではなく、自分の足で立っているような、そんな強さがあった。
だけど――それでも、彼女は拓海に対して変わらず笑ってくれていた。
話しかけてくれて、冗談を言って、笑い合ってくれる。
「これ、週末に買ったやつなんだけどさ、ちょっと変じゃない?色……」
そう言って、筆箱から取り出した青と金の混ざった派手なシャープペンを見せてくるあかり。
それを見て、「なんでそんな攻めた色選ぶんだよ」と笑い返す自分がいた。
まるで何も変わっていないかのような空気。
でも、きっとあかりの中では何かが動き始めているんだろう。
それでも、こうして変わらず隣にいてくれる。
その事実が、拓海の胸を締めつけた。
「あかりは、前に進んでるんだな……」
なら、自分はどうだ?
一度は諦めかけた。
あかりの笑顔を見て、それが誰かに向けられていることに気づいて、自分はもう必要ないと。
でも、あかりは何も言っていない。
誰とどういう関係なのか、どう思っているのか、それすら知らないのに――勝手に引いて、終わらせようとしていた。
「……逃げてたのは、俺の方か」
彼女が変われたのなら、自分も変わっていいはずだ。
今のあかりに追いつきたい。
隣に立てるようになりたい。
そう思った瞬間、胸の奥に溜まっていた濁った感情が、少しだけ晴れた気がした。
放課後、教室に残る生徒はほとんどいなかった。
夕焼けが教室の窓をオレンジに染める中、あかりが鞄を背負って席を立つ。
――今しかない。
心臓が跳ねる。
喉がひりつくように乾く。
それでも、拓海は立ち上がった。
「あかり!」
教室のドアの前で振り返ったあかりの顔は、驚きと、どこか期待するような色を帯びていた。
「ん? どうしたの?」
「ちょっと……いいか。話したいことがあるんだ」
そう言った声は、自分でも驚くほど震えていた。
けれど、もう迷わなかった。
この想いは、無かったことにはできない。
あかりが変わったように、自分も変わる。
そして、伝えるべき想いは、今ここでしか言えない――そう強く感じていた。