冴香と再会するのは、なぜかいつも不意打ちだった。
駅の構内で、休日の書店で、カフェの前のベンチで。
どこか偶然のようでいて、まるで必然のように――あの人は、ふと私の前に現れる。
「また会えたわね。運命かしら?」
冴香の口元に浮かぶ微笑は、どこまでも艶やかで、どこか危うい。
男装をしていようと、私の心臓はいつもより早く鼓動し、口元が乾く。
一度目の出会いでは、ただ驚いただけだった。
二度目には、戸惑いの中で気恥ずかしさが勝っていた。
でも――三度、四度と会ううちに、私の心は確実に変わっていた。
「今日はどこまで歩けるかしら?」
そんな冴香の言葉に、私は思わず頷いてしまう。
ふたり並んで歩く夜道。
街灯の下、冴香の横顔は美しくて、どこか現実離れしていた。
「ねえ、あかりくん。あなたのこと、もっと知りたいわ」
その声は、耳に触れた風よりも、ずっと柔らかくて甘い。
“あかりくん”と呼ばれるたびに、私はふと意識が浮き上がるような心地になる。
気づけば、冴香との距離は確実に縮まっていた。
言葉のひとつひとつが、まるで肌を撫でるように優しくて、ふいに心の隙間に入り込んでくる。
そしてある晩。
人気の少ない路地裏のカフェで、ふたり並んでコーヒーを飲んでいた時だった。
「……あかりくん、今日はすごく綺麗ね」
冴香がふと、低く囁くように言った。
男装している私に“綺麗”という言葉は、予想外だった。
でも、冴香に言われると、それがしっくり来る気がする。
自分がどんな格好をしていても、冴香は“私”を見ているような気がして――それがくすぐったくて、こわい。
「そ、そうかな……ありがとう」
視線を逸らすと、冴香がそっと私の頬に手を添えた。
「どうして目を逸らすの? ……可愛いわね、そうやって照れるところも」
瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
まるで、少女漫画のヒロインになったような気分。
だけど、私は男装していて、あくまで“男の子”として見られているはずで――
「……ねぇ、あかりくん」
冴香の顔が、ほんの数センチ近づく。
「あなた、私にときめいてるわよね?」
その言葉は、冗談めいていながらも真っ直ぐだった。
嘘で返せない、でも本音を晒すには覚悟がいる――そんな問いだった。
私の中で、何かが揺れた。
たしかに冴香に会うたびに、心がざわついていた。
その声、目線、仕草――どれも私の心を少しずつ掴んで離さなかった。
でもそれは、本当に“恋”なのだろうか。
それとも、ただ大人の女性に翻弄されているだけ?
私は答えられなかった。
冴香はそれ以上は何も言わなかった。
ただ、微笑んで手を引き、静かにカフェを後にした。
帰り道、私は自分の手を見つめる。
さっきまで冴香が握っていたその手は、かすかに温もりを残していた。
それなのに、まるで熱を奪われたように震えていた。
「私……本当に、ときめいてるの?」
つぶやいた言葉が、夜風に消えていく。
拓海と過ごす時間も、大切なはずだった。
でも冴香といるときの私は、少し違う私になっていて――
その“違う私”を、私はどこかで求めている気がした。
冴香は、その“違い”に気づいて、近づいてきたのだ。
次に会ったら、きっと冴香はもう一歩踏み込んでくる。
その時、私はどうするんだろう。
わからない。
でも、心の奥底で、小さな期待が芽生えている自分に、私は気づいていた。
怖い。
でも――知りたい。
私の中に生まれた、この新しい感情の名前を。