日曜日, 1月 25, 2026

第十六話 決意の放課後

 週明けの朝、教室のドアをくぐった拓海は、無意識にあかりの席へと視線を向けていた。

いつも通りの窓際の席。少し背を丸めてノートを開いている小さな背中。

けれど、その姿にどこか見慣れない“よそよそしさ”を感じたのは、拓海の心がまだ整理しきれていないからかもしれなかった。


――あの日の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。


あかりが、誰かと歩いていた。

あの艶やかな女性と、肩を並べて微笑んでいた。

普段、拓海に見せたことのない表情で――まるで恋人に向けるような、柔らかくて、熱のこもった眼差しだった。


あの一瞬を見ただけで、拓海の胸には複雑な想いが渦巻いた。


「きっともう、俺の入る隙なんてないんだろうな……」


そう思って、その場を立ち去った。

あかりの幸せを願うなら、踏み込むべきではない――そう結論を出しかけていた。


だが、いざ教室で向かい合ってみると、拓海の心はまた、ぐらりと揺れた。


「あっ、拓海。おはよう!」


席に着いた途端、あかりがぱっと顔を上げて笑いかけてきた。

変わらないその笑顔に、ほんの少し違和感があった。

明るく、自然で、以前よりも自信に満ちている。

それなのに、どこか距離を感じる。


「お、おう。おはよう」


間の抜けた返事をしてしまった自分に苦笑しながらも、拓海は気づいていた。

確かに、あかりは変わった。

以前のように迷いや不安に囚われた表情ではなく、自分の足で立っているような、そんな強さがあった。


だけど――それでも、彼女は拓海に対して変わらず笑ってくれていた。

話しかけてくれて、冗談を言って、笑い合ってくれる。


「これ、週末に買ったやつなんだけどさ、ちょっと変じゃない?色……」


そう言って、筆箱から取り出した青と金の混ざった派手なシャープペンを見せてくるあかり。

それを見て、「なんでそんな攻めた色選ぶんだよ」と笑い返す自分がいた。


まるで何も変わっていないかのような空気。

でも、きっとあかりの中では何かが動き始めているんだろう。

それでも、こうして変わらず隣にいてくれる。


その事実が、拓海の胸を締めつけた。


「あかりは、前に進んでるんだな……」


なら、自分はどうだ?


一度は諦めかけた。

あかりの笑顔を見て、それが誰かに向けられていることに気づいて、自分はもう必要ないと。

でも、あかりは何も言っていない。

誰とどういう関係なのか、どう思っているのか、それすら知らないのに――勝手に引いて、終わらせようとしていた。


「……逃げてたのは、俺の方か」


彼女が変われたのなら、自分も変わっていいはずだ。

今のあかりに追いつきたい。

隣に立てるようになりたい。


そう思った瞬間、胸の奥に溜まっていた濁った感情が、少しだけ晴れた気がした。


放課後、教室に残る生徒はほとんどいなかった。

夕焼けが教室の窓をオレンジに染める中、あかりが鞄を背負って席を立つ。


――今しかない。


心臓が跳ねる。

喉がひりつくように乾く。

それでも、拓海は立ち上がった。


「あかり!」


教室のドアの前で振り返ったあかりの顔は、驚きと、どこか期待するような色を帯びていた。


「ん? どうしたの?」


「ちょっと……いいか。話したいことがあるんだ」


そう言った声は、自分でも驚くほど震えていた。

けれど、もう迷わなかった。


この想いは、無かったことにはできない。

あかりが変わったように、自分も変わる。

そして、伝えるべき想いは、今ここでしか言えない――そう強く感じていた。