日曜日, 7月 19, 2026

探索と燐光

 (17)

襖の前に立った健人と美咲は、互いに顔を見合わせた。

 和室から漏れ出す青い燐光は、ゆらゆらと揺らめき、二人の影を床に不気味に映し出している。

 息を呑む音すら大きく響きそうな沈黙の中で、美咲が小さく囁いた。


「……開けるね」


 震える指で襖に手を掛ける。

 ギィ……と、軋む音を立てて襖が少しずつ開くにつれ、眩い青の光が一気に広がった。


 次の瞬間、美咲は声を失った。


「……お母さん!」


 そこにいたのは、畳の上に横たわり、淡い燐光に包まれた一人の女性。

 美咲に面影のよく似た、長い髪の優しげな顔立ちの女性が、静かに目を閉じていた。


 青白い光は彼女の身体を覆い、呼吸のたびに淡く脈動するように見える。

 まるで現実の中にある幻影のようで、信じがたい光景だった。


「お母さん!」


 美咲は健人の制止も聞かず、駆け寄って母親の身体を抱き起こそうとした。

 だが、伸ばした腕は空を切った。


「えっ……」


 美咲の両手は、母親の身体をすり抜けてしまったのだ。

 何度も、必死に触れようとする。肩を掴もうとし、腕を揺さぶろうとする。しかし、結果は同じだった。


「どうして……どうしてさわれないの……?」


 その震える声に健人は息を呑む。自分の目の前で確かにそこにいるのに、手を差し伸べても掴めない。

 この現象が何なのか、健人自身も理解できなかった。


 そのとき、青い光の中で女性の瞼がゆっくりと震え、やがて開いた。


「……美咲?」


 掠れた声が静まり返った部屋に響いた。

 美咲は涙を浮かべながら母親に顔を寄せる。


「お母さん! 無事なの? 大丈夫なの?」


 母親の目に、愛おしそうな光が宿る。

「美咲……無事でよかった……。ずっと心配していたのよ」


 震える声でそう言って、母親は美咲に手を伸ばした。

 しかし、その手もまた、美咲の肩をすり抜けてしまう。


「……さわれない……どうして……」

 母親の顔にも困惑の色が浮かんだ。


 美咲は必死に首を振る。

「わからない……私もさわれないの……! どうなってるの……?」


 互いに確かに存在しているのに、交わることができない。

 親子の間に、目に見えない深い隔たりが横たわっているようだった。


 健人は一歩前に出て、光に包まれた二人を見守った。

 自分には何ができるのか。答えは見つからないまま、ただ青白い輝きが畳に揺れるのを見つめるしかなかった。


 やがて、母親の身体の輪郭が僅かに揺らぎ始めた。


「……っ、お母さん!」

 美咲の声が悲鳴に変わる。


 光の粒子が少しずつ宙に散っていくように、母親の姿が淡く薄れていくのが分かった。

 触れられないどころか、このまま消えてしまうのではないか――。


 美咲は必死に母親に縋り付こうとするが、やはり腕は空を切るだけ。

 母親もまた、美咲の姿を追いかけながら必死に手を伸ばしていた。


「いや……いやだ……消えないで! お母さん!」

 美咲の声が部屋に響き渡った。


 健人は唇を噛み締めた。自分には何もできないのか。

 その無力さが胸を締め付ける。


 しかし、美咲が振り返り、必死の形相で健人に叫んだ。


「健人くん! お願い、私の時と同じように……お母さんを、こっちに連れ戻して!」


 その瞳には涙と切実な祈りが宿っていた。

 健人の胸が強く打ち震える。


 ――自分に、そんなことができるのか。

 だが、美咲がこうして助けを求めている。


 あの時、自分の視線は確かに美咲を繋ぎ止めた。

 もしそれが本当に力を持つのだとしたら……今度もまた。


 青い燐光に包まれて薄れていく母親の姿を前に、健人の心は激しく揺さぶられていた。