(15)
床に倒れたまま、美咲に押し倒されるような格好で見つめ合っていた。
美咲の瞳は潤み、すがるように健人を捉えている。鼻先が触れ合いそうな距離で、美咲は震える吐息をこぼしながら囁いた。
「……もっと、見て……」
その声に健人の心臓は跳ね上がる。視線が交わるたびに、美咲の頬は赤く染まり、息は熱を帯び、まるで視線が彼女の生命の一部に直接作用しているようだった。
――俺の視線には、何か不思議な力がある。
それはもう、疑いようがない。
健人は思わず思考を巡らせた。あの白い光に包まれた時、自分と美咲は誰もいない世界に飛ばされてしまった。あの現象も、もしかしたら自分の視線が関係しているのではないか。
もしそうだとすれば。
(……例えば、俺が望む場所を思い浮かべながら美咲に視線を向けたら……)
胸の奥に生まれた仮説が、脈打つ鼓動のように強く響いた。
試さずにはいられない。
美咲を見つめたまま、健人は深く息を吸い込み、思考を一点に集中させる。
――美咲の家へ。
――彼女が安心できる場所へ。
ただひとつ、強く、強く念じる。
すると、美咲の瞳が驚いたように揺れた。
「……健人くん、今……身体が熱い……」
次の瞬間、ふたりの周囲が淡い光に包まれ始めた。
それはゆっくりと、しかし確実に強くなっていく。最初は赤みを帯びた微光だったが、やがて雪のように白く透き通った輝きへと変わり、教室の売店の棚も床もすべてを飲み込んでいく。
「また……光が……!」
美咲の声はかすかに震えていた。だがその震えは恐怖だけでなく、どこか安心を求める色も含んでいる。
健人は視線を逸らさず、美咲の両手を強く握った。
「大丈夫だ……! 俺を信じろ!」
光がさらに増し、視界は眩しく白で覆われた。輪郭は消え、世界そのものが溶けていく。
――そして、ふたりの意識はそこでぷつりと途切れた。
***
健人が再び意識を取り戻したとき、最初に感じたのは柔らかな感触だった。
硬い床でも机でもない。どこか温もりのある布に包まれている。
重たい瞼を開けると、辺りは暗かった。だが完全な闇ではなく、窓から差し込む月明かりが部屋を淡く照らしている。
視界に入ったのは、見慣れぬ天井。白いクロスの壁。そして家具。
制服姿のまま横たわっている自分。
すぐ隣には、美咲が健人にしがみつくようにして眠っていた。
――ここは……?
身体をゆっくりと起こし、周囲を見渡す。
机の上には教科書や文房具が整然と並び、窓際にはレースのカーテン。
壁にはポスターや小物が飾られていて、どこか女の子らしい雰囲気。
そして、その部屋の真ん中に敷かれた布団の上に、二人は並んで横たわっていた。
「……ここは……美咲の……部屋?」
呟いた声に反応するかのように、美咲が身じろぎをした。
長いまつげが震え、やがてゆっくりと瞼が開く。
「……健人、くん?」
かすれた声。だが、その瞳は確かに彼を映していた。
「……良かった。戻ってこれたのね……」
美咲は安堵に満ちた表情を浮かべ、健人の胸に顔をうずめるようにして小さく泣き出した。
健人はどうしていいか分からず、ただその背中に手を添える。
自分の念じた場所――美咲の家。
あの瞬間、確かにそう願った。そして今、目の前にあるのは間違いなく彼女の部屋だ。
偶然なのか、それとも必然なのか。
確信は持てない。だが、ひとつだけ分かることがある。
――俺の視線が鍵なんだ。
抱きつく美咲の体温を感じながら、健人の胸は再び高鳴っていた。
この力があれば、きっと。二人で道を切り開けるはずだ。
しかしその一方で、まだ部屋の外からは人の気配も生活音もまるで感じられなかった。
この世界に、果たして他の人間は存在しているのか。
それとも、ここもまたふたりきりの世界なのか。
答えのない不安が、静かな夜の中でじわりと広がっていった。