(24)
「……どうしても、言ってくれないの?」
美咲の声は震えていた。
母である綾乃を見つめ、その隣に立つ健人を睨むように見比べる。その目には、疑念と恐怖と、裏切られたような痛みが入り混じっていた。
「私、何も知らないままなんて嫌だよ。……健人、さっきの光の中で本当は何をしたの? お母さん……あなたも何か隠してるんでしょう?」
綾乃は口を開こうとした。だが、喉の奥に言葉が詰まってしまい、声にならない。
光に包まれていた時のあまりにも強烈な感覚が、まだ身体の奥に残っていたのだ。娘の前で「女として感じてしまった」とは、どうしても言えない。
「……っ」
美咲の問いに耐えきれず、綾乃はただ目を伏せる。
健人も同じだった。自分が見た光景、感じた感覚をそのまま口にすれば、誤解どころか決定的に関係を壊してしまう。必死で言葉を探したが、唇はかすかに震えるだけで、何も出てこなかった。
美咲の目に涙が滲んでいく。
「……二人とも、何も言ってくれないんだね。だったら、もう信じられない」
次の瞬間、美咲は勢いよく立ち上がり、畳を踏み鳴らして和室を飛び出した。襖が乱暴に閉じられる音が響き、二人だけが取り残された。
健人は慌てて立ち上がる。
「待って、美咲!」
追いかけようとしたその瞬間、背後から温かい感触が手首に絡みついた。
「……っ」
驚いて振り返ると、綾乃がそこにいた。細い指がしっかりと健人の手を掴んでいる。
「綾乃さん……! 放してください。誤解を解かないと、あのままじゃ……!」
必死に訴える健人の言葉は、綾乃の瞳に吸い込まれていった。
視線が交わったその刹那、胸の奥で何かがほどけるように崩れていく。
――もう、抑えきれない。
綾乃は、自分でも信じられないほど速く言葉を紡いでいた。
「……誤解じゃ、ないの」
「え……?」
健人の瞳に映る自分。その真っ直ぐな光を受けた瞬間、身体の奥に残っていた熱が一気に燃え上がった。娘の前では必死に隠していた女としての感情が、すべてあふれ出してしまう。
「私……あなたに見られて……抑えられなくなったの」
次の瞬間、綾乃は健人の胸に飛び込むように抱きついた。
驚いて声を上げる間もなく、そのまま体重を預けられ、健人の身体は畳に押し倒されてしまう。
「――!」
背中に畳の柔らかさが広がる。けれど、その上に覆いかぶさってくる綾乃の体温と包み込むような柔らかい身体は、それを一瞬で打ち消すほどに熱かった。
至近距離で見つめ合う二人。
綾乃の瞳は理性を手放したように揺らめき、頬は火照り、唇は小さく震えている。
「お願い……もう嘘をつけないの。あなたの視線に包まれると……女として、どうしようもなくなるの」
吐息が触れるほど近くで紡がれるその言葉に、健人は息を呑んだ。
頭の中では「駄目だ、美咲が誤解しているのに」と警鐘が鳴り響く。けれど、胸に押し当てられた綾乃の柔らかい身体を通して伝わる火照るような熱と、涙ぐんだような潤んだ瞳が、その理性を削ぎ落としていく。
自分の視線が与えてしまった影響――それを最も強く示しているのが、今の綾乃の姿だった。
畳の上に二人の影が重なり、月明かりに揺れながら、静かに飲み込まれていく。