日曜日, 12月 28, 2025

第十二話 知らない横顔

 最近のあかりは、どこか変わった。


いや、厳密に言えば――変わったというより、“整った”というほうが近い。

以前は、男装している自分と普段の自分の間で揺れていたような、そんな不安定な表情をよく見せていた。


けれど、今のあかりには迷いがない。


たとえば、服装。

以前は男装の日と女の子らしい服の日が分かれていて、どこか「選んでる」感じがあったけれど、今は違う。

どんな格好でも、その中に“あかり”らしさがある。

ボーイッシュなスタイルの日でも、スカートを履いた日でも、自分を偽っていない自信が滲み出ている。


「最近、何かあったの?」


ある休日、ふたりで並んで歩いていたとき、ふと聞いてみた。

街路樹の影が舗道に落ちて、日差しがちらちらと揺れていた。


「え? なんで?」

あかりは笑って、僕を見上げる。


「うーん、なんか、前より自然というか……吹っ切れた感じがして」

僕はありのままの印象を言葉にした。


「……ふふ、そうかも」

あかりは目を細めて、少し空を見上げた。


「前はね、男装してる時の自分と、女の子らしい自分と、どっちが本当なのか分からなくて……ずっともやもやしてた」


「うん。……知ってる」

あの時の、フードコートでの会話を思い出す。


「でも今は、どっちも“自分”だって思えるようになったの」

あかりの声には、しっかりとした芯があった。


「服装や振る舞いはその時々の表現でしかなくて、根っこにある私は、ずっと私なんだって。……ようやく、そう思えるようになったんだ」


その言葉に、僕は心の中で安堵した。

あかりが悩んでいたことを、近くで見ていたからこそ、今の落ち着いた表情にほっとする。


でも、同時に――ほんの少し、言葉にできない違和感が残った。


変わったことは、いいことのはずだった。

でも、その“変化”がどこか遠くに感じられた。

僕の知らない誰かとの出会いが、彼女にそう思わせたのだとしたら……。


「何か、きっかけがあったの?」

僕は自然を装って聞いた。


「うーん……内緒」

あかりはくすりと笑って、指先を口元に当てる。


冗談っぽい仕草なのに、なぜか心に引っかかる。


その夜、ベッドに寝転びながら考えた。

僕は、あかりの隣にいて、一番近くで支えられる存在でいたいと思ってた。

でも、あかりが強くなって、自信を持って、自分で進んでいく姿を見ると――誇らしい反面、どうしようもなく寂しさも覚えた。


僕の知らない時間、知らない誰か。

その中で成長していくあかりに、置いていかれている気がする。


自分が恋をしている相手が、少しずつ遠くなっていく――そんな感覚。


翌日、学校の昼休みに、あかりが男子に囲まれて笑っているのを見た。

男装したその姿は、どこからどう見ても“かっこよく”て、他の女子たちが憧れの目で見つめている。

あかりはもう、「ただの幼なじみ」じゃなくなっていた。


僕だけが知っているあかりは、どこかに行ってしまったんだろうか。


夕方、一緒に帰ろうと声をかけたとき、あかりは変わらない笑顔で僕に手を振った。

その笑顔に、僕の胸は少し痛んだ。


変わったあかりがまぶしいほど輝いていて、でもその光の中に、僕の居場所があるのか分からなくなっていた。


あかりが自分自身を肯定できたことは、何よりも嬉しい。

でも、そんな彼女の「進化」が、僕には少しだけ――寂しかった。


本当は、誰があかりに変化を与えたのか、聞いてみたい。

その人にどんな想いを抱いているのか、知りたい。


でも、それを聞いたら、もう戻れない気がした。


だから僕は、今日もただ隣を歩くだけだ。

変わっていくあかりの影に、少しずつ追いつけなくなっていくことに気づきながら――。