(12)
売店の静けさに包まれながら、二人はしばし無言のまま座っていた。
沈黙は長く続かなかった。
美咲がゆっくりと立ち上がり、健人の方へ歩み寄る。
そして、彼のすぐ前に立ち、まっすぐに見つめてきた。
「健人くん……」
柔らかな声に、健人は思わず息を飲んだ。
「……前にも言ったよね。私のこと、見てほしいって」
その言葉は、穏やかでありながら揺るぎない響きを持っていた。
健人の胸がどきりと高鳴る。
確かに、美咲は以前から「見てほしい」と言っていた。だが今、こうして真正面から言われると、どう見ればいいのか分からなくなってしまう。
「……でも、美咲は……俺の視線がどこに当たってるか、分かるんだろ?」
「うん。分かるよ」
「だったら……下手に見たら、変に思われるんじゃ……」
戸惑いながら言葉を濁す健人に、美咲はふっと微笑んだ。
その笑みは、どこか子どものような無邪気さと、大人びた確信を同時に宿していた。
「だからこそ、確かめてみたいの。……健人くんの視線が、他の場所に当たっても温かいのか」
そう言って、美咲はゆっくりと目を閉じた。
長いまつげが頬に影を落とし、まるで祈るように静かな呼吸を整えている。
「……ほら、やってみて」
健人は心臓が跳ねるのを感じた。
視線を向けるだけなのに、なぜこんなに緊張するのか。
額に汗がにじむのを拭いながら、意を決して美咲の首筋へ視線を移した。
「……どうだ?」
わずかな沈黙のあと、美咲の唇がやわらかく開いた。
「うん……首がぽかぽかする。すごく優しい温かさ」
その表情は、安心に包まれた子どものように安らいでいた。
健人は次に肩へ、さらに腕や手のひらへと視線を移す。
「……肩も、腕も……あったかい」
「……手のひらは?」
「ん……あったかい。健人くんの手に触れられてるみたい」
美咲は目を閉じたまま、嬉しそうに微笑んだ。
その無防備な姿に、健人の胸は高鳴り、喉がからからに渇いた。
やがて、美咲は小さな声で続けた。
「……ねえ、健人くん」
「ん?」
「……これまで、痛い視線ばかり感じてきたところ……そこも、見てみてほしいの」
その声は小さく、震えていた。
美咲は顔を赤らめながら、うつむき気味に付け加える。
「……胸とか……お腹の真ん中とか。ずっといやらしい視線を浴びて、気持ち悪かった場所」
健人は言葉を失った。
顔が一気に熱を帯び、耳まで真っ赤になるのが分かる。
「そ、それは……」
どうしても直視できず、思わず目を逸らしかける。
だが、美咲は勇気を振り絞るように囁いた。
「……健人くんなら、違うって思うから。……お願い」
その声は必死だった。
健人は深呼吸し、赤くなった顔を隠すように視線を少し落とす。
胸の奥が苦しくなるほど緊張しながら、盗み見るように美咲の身体の中心へと視線を投げかけた。
しばしの沈黙。
次の瞬間、美咲はふうっと息を吐き、ほっとしたように笑った。
「……やっぱり。痛くない。優しくて……あったかい」
その安堵の表情に、健人の胸がじんわりと熱くなった。
同時に、視線を向けるだけで彼女を安心させられることが、不思議でならなかった。
美咲はゆっくりと目を開け、健人を見つめる。
頬をほんのり赤らめながら、そっと健人の両手を取った。
彼女の手は、驚くほど温かかった。
そのまま両手をしっかり握りしめ、健人の目の前に立つ。
「……健人くん。これからも、ずっと……私のことを見ていてね」
囁きは甘く、耳に溶け込むように響いた。
至近距離で見つめ合い、握られた手の温もりが直に伝わってくる。
健人の鼓動は早鐘のように鳴り止まず、顔は真っ赤になっていた。
言葉は出てこなかった。
ただ、美咲の瞳の中に自分が映っていることだけが、確かな真実として胸を震わせた。