日曜日, 6月 28, 2026

温もりと吐息

 (14)

静まり返った校舎の売店。

 ガラス越しに差し込む光はすっかり柔らかく、二人の影を床に落としている。


 健人は、胸の奥に芽生えた不思議な確信に突き動かされるように、視線を周囲に走らせていた。


 パンが並ぶ棚。

 レジのカウンター。

 冷たい自販機のディスプレイ。

 天井の電灯。


 一つひとつをじっと凝視しては、何かが起こるのではないかと期待して目を凝らす。

 だが、変化はない。パンはパンのまま。レジもただの機械。蛍光灯も沈黙したまま。


 健人は眉を寄せ、無意識に唇を噛んでいた。


「……何やってるの?」


 少し離れたところから、美咲の柔らかな声が響く。

 振り向くと、彼女は心配そうにこちらを見つめていた。


 健人は気まずそうに頭をかきながら答える。

「いや……俺の視線が、美咲に影響してるのは分かった。でも、それ以外に何か力があるのか確かめたくて」


 美咲は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからふわりと微笑んだ。

「そっか……。うん、上手くいくといいね」


 その瞳は、ただ健人を信じて見守る光を宿している。

 その視線に少し照れながらも、健人は再びパンや飲み物に目を向ける。

 だが、結果は変わらない。沈黙と無反応。


 ため息が漏れる。

「……なんでだろう。美咲に視線を当てた時と、何が違うんだ?」


 そう呟きながら、自然と隣に座る美咲へと視線が吸い寄せられる。

 間近で、彼女の横顔を見つめる。


 すると、美咲の肩がかすかに震え、次第に頬が赤く染まっていく。

「……まただ」

 美咲は小さく呟いた。

「身体の中が……じんわり火照る……」


 次の瞬間、美咲は健人の背中に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 唐突な行動に、健人の心臓が跳ねる。


「ちょ、ちょっと待っ──」


 驚きと動揺で身体のバランスを崩し、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 ごとん、と床に尻もちをつく。

 気がつけば、美咲がその勢いで健人を押し倒すような格好になっていた。


 目の前にあるのは、美咲の顔。

 吐息が触れそうな距離。

 鼻先がかすかに触れそうに近づいている。


 美咲の表情は、再び恍惚とした色に染まっていた。

 瞳は潤み、頬は熱を帯び、唇はわずかに開いている。


「……健人くん」


 囁きは甘く、とろけるようで

 美咲は視線を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめてきた。


「もっと……見て」


 その言葉は懇願にも似ていて、どこか切実さすら宿していた。

 まるで、健人の視線がなければ自分が壊れてしまうとでも言うように。


 健人の心臓は激しく鼓動し、息が詰まる。

 至近距離で交わる瞳と瞳。

 そこに映るのは、自分を必要とする美咲の姿だけ。


 健人は思わず息を呑んだ。

 この力は、自分だけにしか発揮できないもの。

 そして、美咲だけに届くもの。


(俺は……どうするべきなんだ……?)


 頭の中で葛藤が渦巻く。

 だが、目の前の美咲の囁きと潤んだ瞳に、すべてを飲み込まれていく。


 健人は、自分の視線の行方がこの先を決めるのだと、強く実感していた。