(14)
静まり返った校舎の売店。
ガラス越しに差し込む光はすっかり柔らかく、二人の影を床に落としている。
健人は、胸の奥に芽生えた不思議な確信に突き動かされるように、視線を周囲に走らせていた。
パンが並ぶ棚。
レジのカウンター。
冷たい自販機のディスプレイ。
天井の電灯。
一つひとつをじっと凝視しては、何かが起こるのではないかと期待して目を凝らす。
だが、変化はない。パンはパンのまま。レジもただの機械。蛍光灯も沈黙したまま。
健人は眉を寄せ、無意識に唇を噛んでいた。
「……何やってるの?」
少し離れたところから、美咲の柔らかな声が響く。
振り向くと、彼女は心配そうにこちらを見つめていた。
健人は気まずそうに頭をかきながら答える。
「いや……俺の視線が、美咲に影響してるのは分かった。でも、それ以外に何か力があるのか確かめたくて」
美咲は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからふわりと微笑んだ。
「そっか……。うん、上手くいくといいね」
その瞳は、ただ健人を信じて見守る光を宿している。
その視線に少し照れながらも、健人は再びパンや飲み物に目を向ける。
だが、結果は変わらない。沈黙と無反応。
ため息が漏れる。
「……なんでだろう。美咲に視線を当てた時と、何が違うんだ?」
そう呟きながら、自然と隣に座る美咲へと視線が吸い寄せられる。
間近で、彼女の横顔を見つめる。
すると、美咲の肩がかすかに震え、次第に頬が赤く染まっていく。
「……まただ」
美咲は小さく呟いた。
「身体の中が……じんわり火照る……」
次の瞬間、美咲は健人の背中に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
唐突な行動に、健人の心臓が跳ねる。
「ちょ、ちょっと待っ──」
驚きと動揺で身体のバランスを崩し、そのまま後ろに倒れ込んだ。
ごとん、と床に尻もちをつく。
気がつけば、美咲がその勢いで健人を押し倒すような格好になっていた。
目の前にあるのは、美咲の顔。
吐息が触れそうな距離。
鼻先がかすかに触れそうに近づいている。
美咲の表情は、再び恍惚とした色に染まっていた。
瞳は潤み、頬は熱を帯び、唇はわずかに開いている。
「……健人くん」
囁きは甘く、とろけるようで
美咲は視線を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめてきた。
「もっと……見て」
その言葉は懇願にも似ていて、どこか切実さすら宿していた。
まるで、健人の視線がなければ自分が壊れてしまうとでも言うように。
健人の心臓は激しく鼓動し、息が詰まる。
至近距離で交わる瞳と瞳。
そこに映るのは、自分を必要とする美咲の姿だけ。
健人は思わず息を呑んだ。
この力は、自分だけにしか発揮できないもの。
そして、美咲だけに届くもの。
(俺は……どうするべきなんだ……?)
頭の中で葛藤が渦巻く。
だが、目の前の美咲の囁きと潤んだ瞳に、すべてを飲み込まれていく。
健人は、自分の視線の行方がこの先を決めるのだと、強く実感していた。