(23)
重い空気の中で、美咲の問いに答えられずに黙り込んでいた健人は、心の中で自分を叱咤した。
(……このまま濁したら、きっと二人に余計な疑念を抱かせるだけだ)
美咲の瞳は、まっすぐにこちらを見据えていた。その瞳を裏切るようなことは、どうしてもしたくなかった。
健人はゆっくりと息を吸い、覚悟を決める。
「……あの時のこと、正直に話すよ」
美咲が小さく身じろぎをした。綾乃も表情を引き締め、静かに耳を傾けている。
「美咲が消えそうになったとき……俺は、とにかく必死で見つめていたんだ。視線を逸らしたら、本当に消えてしまう気がして……だから、近くまで寄って、美咲の顔を両手で包んで、ずっと見続けてた」
言葉にしながら、あの時の熱と光景が蘇ってくる。額に汗が浮かぶのを感じながら、健人は続けた。
「違いがあるとすれば……美咲は俺の視線を受けて安心できるって言ってくれて、それで――『これからも見てほしい』って、言ったんだ。だから俺は、その言葉に応えるように……ずっと、見ていた」
語り終えた瞬間、美咲の頬がぱっと赤く染まった。
「ちょ、ちょっと健人……!」
綾乃の前でそこまで明かされるとは思っていなかったのだろう。声が上ずり、焦ったように視線を逸らした。
その様子を目にした綾乃は、思わず自分の胸に手を当てる。健人が自分にしたことを、急に意識してしまったのだ。
(……じゃあ、私が戻れたのも……)
彼女の中で疑問と答えが交錯し、口が勝手に動いた。
「……じゃあ健人くんが私にしてくれたのも……私を見てくれたから、なのね?」
はっとして口を押さえる綾乃。だが、言葉はすでにこぼれてしまっていた。
美咲の目が大きく見開かれ、母と健人の顔を交互に見比べる。
「……え?」
声が震えていた。
「ちょっと待って……それって……まさか、健人……お母さんに、なにか……いやらしいことしたんじゃないでしょうね?」
その言葉は、雷のように健人の頭を直撃した。
「なっ……! そ、そんなこと……!」
思わず否定しようとするが、言葉がうまく続かない。あのピンク色の光の中で感じた、綾乃の熱と甘い香り。それを思い出すたび、説明のしようがなく喉が詰まってしまうのだ。
美咲の瞳には、困惑と不安、そしてほんの僅かな怒りが混じっている。
「どうなの健人! ……だって、お母さん、さっきから様子が変だし……」
追い詰められた健人は、言葉を失い、ただ絶句するしかなかった。
畳の上に落ちる三人の影が、月明かりに揺らめきながら、不安定に揺れていた。